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東京家庭裁判所 昭和54年(少)4597号 決定 1979年5月02日

少年 K・R(昭三六・一一・一三生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

1  罪となるべき事実

少年は、東京都豊島区○○×丁目×番×号大衆割烹「○○」(経営者○○○○)の板前見習として稼働していたものであるが、平素から仕事の親方であるA(当時三七歳)が口もきいてくれず辛く当るところから恨を抱き同人を殺害しようと企て、昭和五四年三月一八日午前二時三〇分ごろ同店一階調理場から出刃包丁一丁(刃体の長さ一八・八センチメートル)を持ち出し、同店二階のAの部屋に赴き「親方話がある。」といつて同人を廊下に呼び出し、いきなり「コラッー」と叫びながら左手に構えた前記包丁で同人の胸部を数回剌し、さらに部屋に倒れた同人を追いかけて腹部を一回剌し、よつて間もなく右胸部剌創に基く失血により同人を死亡するに至らしめたものである。

2  上記事実に適用すべき法条

刑法一九九条

3  主文記載の保護処分に付する理由

(1)  被害者Aは中学卒業後調理師の免状を取得した後いわゆる水商売を続けてきたが、前記「○○」には昭和五三年一〇月以来同店の板前として住み込み稼働中であつた。他方少年は長崎市で出生、実父T・Tは賭事が多く家に寄りつかなかつたため昭和四一年八月母K・R子と離婚し、母は昭和四三年二月K・Rと再婚入籍したため少年もK・Rの養子となり、一家はK・Rの妹をたよつて上京し、養父は都内外でトラック運転手などをして転々としたため、少年自身練馬区○○○○中学校を卒業するまで小中学校を一〇数回転校した。この間養父は酒乱傾向を示すとともに些細なことで少年を殴ることも多く家庭内で甘えや我儘は許されず、従つて父子間には情緒的交流に乏しく養父によつて強く規制された生活を余儀なくされ、そのためか本件まで少年には逸脱行動は認められなかつた。右中学校の紹介で就職したレストランでは同僚との折合いも良かつたが、一年余で会社の希望退職者の募集に応じて退職し、昭和五三年一二月七日より○○職業安定所の紹介で前記「○○」に前記Aの指図のもとに板前見習として住込み、閉店後は同店二階にAと二人だけで別部屋にそれぞれ寝起していた。

(2)  少年は鑑別結果によると、身体の発育、健康はいずれも普通で身体鑑別上特に異常はなく、知能はやや低く思考は単純で柔軟性に乏しい。

又性格は年齢、身体の発達に比べ未成熟である。即ち少年は基本的安定感に乏しく敏感で些細な剌戟にも動揺しやすく、そのため絶えず周囲の動向を気にし、自己の内面の弱さを見せまいと警戒的に身構えるなど対人的には人に気を許したり、自分の本音を吐くことなく、一定の距離を保つため親密な関係や信頼関係を生じにくい。

(3)  ところで少年は来店当初無口なAに好感をもつていたが、昭和五四年二月末ごろ、従業員が集まつて仕事の打ち合わせをしている際、Aが少年の面前で洗い場担当のお手伝さんに仕事の開始時間のことで言い負かされて以来、少年がお手伝さんに愚知をこぼしたものと思い込み、急に少年に対しよそよそしく振舞うようになり、一層口数も少なく、少年が仕事の指示を求めても指示しないこともあつた。少年は仕事がうまくいかないことを父母に相談したものの単に辛抱するように注意しただけで十分相談にのつてくれず、又店を止めようと思つたが、Aから「お前のような奴は、ここで勤まらなければ他に行つても続かない。」と言われたことがあつたので、このまま止める気持にもなれず、欝々と打解策を思いつかないまま日を送つたが、同年三月一七日朝少年はAよりも早く仕事にとりかかるべきところ、うつかり寝過してしまい午前一一時過に調理場に降りると、先に仕事をしていたAからいきなり少年に「先輩おはようございます」と皮肉なあいさつをされたうえ、終日一言も口をきいてくれなかつたことから、見習として仕事を教えてくれない不満も手伝い、同日午後一一時三〇分ころ後仕末を終わり、自分の部屋に引きこもつた後にも、あれこれ思い悩んでいるうち、日頃のAに対する憎悪や忿懣が一挙に限界に達し、もはや同人を殺害する外、途はないものと思い込み、階下調理場から前記出刃包丁をもち出して本件殺害行為に出たものである。

(4)  そこで、本件少年の処遇について考えると、本件は結果において重大であるばかりでなく犯行の態様においても、熟考の末、出刃包丁をにぎつた左手をタオルで巻いて固定させ、包丁を見えにくく隠し、致命傷を与えた後も、更に虫の息の被害者の腹部にとどめを剌すなど残忍且つ執拗な攻撃を加え、犯行後も血糊をぬぐい着衣を整えるなど冷静沈着に対処したことがうかがえ、地域社会に与えた衝撃は大きいにもかかわらず、少年の罪障感は比較的薄いなどの諸点を考慮すると刑事処分を相当とする程その罪責は重いといわねばならない。しかし、ひるがえつて少年の反社会性ことに再犯の可能性を吟味すると、少年にはこれまでに全く前歴がないこと、本件に到つた動機、犯行時一七歳四月という年齢、母に伴われて直ちに警察に自首したこと、本件前母の家出、女友達との別れ、多忙な仕事による心身の疲労という事情が重複したことなど諸般の事情を斟酌すると再び同種犯罪を重ねる可能性は少く、又その反社会性は未だ強く固定したものでもないので、少年保護の理念から保護処分になじむ性格の事件と思料される。

(5)  以上のような少年の生活史および現在の環境等本件調査審判に現れたその他一切の事情を考え合せると、少年に対して特に人間の生命に対する尊厳という観点から矯正教育を施し心身陶冶の機会を与えその健全な育成を図るため、中等少年院に送致することを相当と認め、少年法第二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田岡敬造)

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